時計と個性
ねじを巻かないと二日も持たない機械式の腕時計をこよなく愛している。
使う朝にこころを込めねじを巻き時間を合わせる。
電波時計が登場したときは驚いた。
どこにいっても一秒と狂わない。
みんなが同じ時間を共有している。
時間というものはそういうものだと思い知ることになった。
しかし、あの時計は遅れがちだとか、進みがちだといった、
いわば時計の個性も不正確という名のもとに葬り去られた。
起きているときも、寝ているときも、時間は止まること無く、
正確無比に刻まれていくことをいやおうなく教えられる。
時間を時計という道具で測るのだから、
正確であるということはすばらしいことには違いない。
でも、時計によって針の進み方がチッチッチッだったり、
ツーツーツーだったり、コチコチコチだったり、
鼓動のようだからこそ生きている実感がした。
しばらく引き出しのなかに置きっぱなしにしてあった時計を手にとると、
電池が切れたのか止まっていた。
時計屋にいくと、もっと早く持ってこなければだめですよと臨終を告げられた。
太陽時計というか、明るいところに置いていておけば自動的に充電する優れものもある。
しかしこれとて、暗いところに置きっぱなしにしておくとしっかり冬眠に入ってしまう。
その点機械式の腕時計は信頼感にあふれる。
使う前に巻かなければ動かないし、巻かなければ必ず止まる。
毎日が日課であり、何とも頼もしい。
昨年、銀行で働きながらMBAを取るために
大学院に通っていた長男が苦労しながら修了した。
幼子を抱えながらであったから、その努力は父親としてもうれしかった。
教授になった時か何かの折り、記念に買った日本の職人魂のこもった
機械式の時計を息子に譲った。
息子にも便利さを超えた、伝統というものを愛してほしいという気持ちを込めて。
本当の個性を大切にするという、物を超えた精神を彼に伝えたかった。
2012年01月25日 09:53 | | コメントを読む (0) | コメントを書く
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