親の気持ち

 大学に勤め始めたころ、地域で、訪問巡回相談の仕事もしていました。

 重度の障害があって学校にいけない寝たきりの子どもさんの家庭を、学校の先生と訪問し、子どもさんや親御さんに関わる仕事です。
 偉そうな物言いですが、そのご家庭、ご家族からたくさんのことを私自身学んだ気がします。

 子どもの世話で旅行一つできなかった母親が、親の納骨のために数日間、初めて子どもを人にゆだね、郷里に出かけた時のことです。重度でしゃべることもなにもできないその子が、医者にもよくわからない原因不明の熱を出したそうです。もの言えぬ子どもであっても、母の不在を全身で感じ取り、不安から不調をきたしたのではないかとの診たてでした。

 その子どもが、中学生の年齢になったころ、その短い生涯を終えました。親御さんのそれまでの長い献身的な苦労を見てきた私が、「お母さん、これからは自分の人生を生きてと天に召されたのでしょうね。」と慰めの言葉をかけたところ、「それでも生きていてほしかった」と泣きながら言われ、この子が母親の生きがいであったことを痛切に思い知らされました。

 ひと月ほど前、中学来の友人で、新聞記者をしていた友人を亡くしました。15年前、若年性アルツハイマーを発症し、8年前、施設に入所し、最後は寝たきりのままでした。
 その長い闘病期間、必死に看護してきた奥さんに、「彼も本当によく頑張った。今はゆっくり休んでほしい。でもこの言葉は、彼が一番奥さんに言いたかった言葉かもしれない。」と思わず言ってしまいました。
 先日、もう施設に行かなくていいんだという現実にかえって戸惑い、寂しく思っているということを聞きました。親子も、夫婦もその絆の深さは周りからはわからないものだと改めて知りました。

2016年9月21日 10:00 | | コメントを読む (0) | コメントを書く