あるお母さんからの手紙

 前回、市川拓司『ぼくが発達障害だからできたこと』(朝日新書)をご紹介しました。その後、市川さんとのやり取りの中で、あるお母さんの素晴らしい子育てのことをお聞きしました。
 市川さんのご厚意でお母さんからの了解(息子さんの了解も)もいただき、みなさんにご紹介したいと思います。 


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K君が発達障害と診断されてから今日までのこと
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 「3月生まれで、ちょっと遅れているだけかな?と思っていましたが...小2の終わり、LDと診断され、小3から通級指導教室にお世話になることになりました。
 幼い頃から 電気関係が好きで、工事の様子を間近で見たい子でした。パソコンは、父親が早くから取り入れていましたので...物心ついた頃には、触っていましたね。
 小さな学校で、女の子に可愛がられ、特に問題無くきましたが...小5の時、新しく赴任していらした先生と合わず、二次障害(パニック)を起こすようになりました。
 その頃から特別支援学級へとすすめられ、いささかヒステリックな校長からは、度々あり得ない仕打ちをされていました。(何度訴えたいと思ったことか)
 LDではあったものの、パソコンに関しては強く、その授業では先生になれる程でした。
 (初めて一人で自作パソコン作りました)
 
 中学へと進むと、理解のある先生が多く...気持ちも安定して来ました。学習サポーターの方にも ついてもらい、テストは読んでもらって受けたり、提出物もパソコンでやることを認めていただきました。《中学では、パソコンで作った作品等いくつも賞を取っています。》

 しかし、苦手な先生の授業には出ることが出来ず、そんな日は学校へ送ることも多かったです。不登校とまではなりませんでしたが、心の支えだった部活(パソコン部)を引退した後は...、学校へ行く楽しみが無くなってしまったようで、受験の不安も重なり、行き渋る事も多くなり、またパニックを起こすようにもなってしまいました。

 なんとか希望の公立高校(情報技術科)に入学できたものの、情報系以外の教科でつまずき、大量のレポート提出に悩まされ、秋頃には学校へ行けなくなってきました。
 結局2年目の秋、私立のサポート校へ転学。ほとんど行く事はできませんでしたが、周りの協力があってなんとか卒業できました。
 (バイトはしっかりできていたので、兄にバイト代を払い、レポートをやってもらっていました。)

 卒業直後、合宿で運転免許を取得し、一発合格! それ以降、波に乗り、ネットでエントリー。
 自分のパソコン履歴を細かく記載し、面接。
 クリニック部門(パソコン設定や修理)即採用。
 入社と同時に力を発揮し店長や周りから即戦力と言っていただき出張修理等もこなしています。
 2年目には、全国の店舗の中でも優秀人材と表彰されました。
 そろそろ2年になる頃、社員にとの話が出ていましたが、本人は転職を考えていました。

 それはあるパソコン関係で有名な会社の中途採用へのエントリーでした。
 結果は、正員は×だが、是非アルバイトで考えてくれないか?との連絡。
 毎月昇給ありで、アルバイトから社員になれる可能性もあるとの事で8月から採用となりました。
 機材管理を担当し、パソコンの設定や修理をやっていましたが、今まで外に出していた不具合も、あっという間に直したり、パソコンに関する知識の多さや対応に、社員からの信用・信頼を得、更に多くの業務に関わるようになってきました。

 現在は、全社員のパソコンにアクセスし...相手がどこ(海外)にいても、自分のPC・iPhone があれば、不具合を直す事ができ、案件ごとの必要機材やメーカーとの交渉ごとも一任されており、全ての案件に関わっているようです。
 年明け 5日付けで正社員に(異例の早さ?とか)となり、現在は国内だけでなく、海外出張も多くなっています」

 
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 K君は今、21歳になりました! 
 好きこそものの上手という諺がありますが、自分の特技を生きる力に変えた素晴らしい例です。
 その背後には、お母さまや家族の理解と支援があったことが良くわかります。できるだけ忠実にお母様の筆のまま紹介させていただきました。
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2016年7月20日 10:00 | | コメントを読む (1) | コメントを書く