子どもたちが安心できる世界を!

常々、子どもを安心して預けられる学校、年寄りが安心して老後を委ねられる社会、
そんなごくごくあたり前の環境をわたしは望んでいます。
石川啄木の「雨にも負けず」ではありませんが、
「一日に玄米四合と、味噌と少しの野菜を食べ・・・」
そんなささやかな生き方さえも許されない世の中になりそうです。

3.11(10年前のアメリカの9.11が永く語られるように)は
私たち日本人にとって忘れられない悲しい日となりました。
未だに行方のわからない家族を瓦礫のなかに探す方、
目の前でつないでいた手を離し消えていったその瞬間だけを繰り返し語る方、
死を認めたくないと名前を言うことも安置所に行こうともしない方さえいます。

連日繰り返される報道に、ただただ被害にあわれた方々が
少しでも日常のペースを取り戻されることを心から願わないではありません。
一瞬にすべてを失うという喪失感がいかほどのものか想像することもできません。

M9.0の大地震、想定をはるかに超えた大津波、時として自然は人間の弱さ、
小ささをいやというほど私たちに見せつけます。
何万人の命を奪い、何十万もの人々が今、苦しんでいます。

テロや内戦で、安心という言葉を失い、心身ともに傷ついた子どもたちの姿を、
遠い世界のこととしてしか感じてこなかった私たちに、追い打ちをかける原発事故は、
放射能汚染という想像を超える危険度を今肌で感じさせています。

私の周りでも、帰国を急ぐ外国人はもとより、
卒業式を欠席して地方に脱出する家族とかもいます。
外出を避けろとか、マスクをしろとか、帰宅したら身体を洗えとか、
花粉のような感覚の報道に、過剰反応であって欲しいと願わないではいられません。

「復興」という言葉も、一時的に姿を消した食料品も、
次は放射能汚染という言葉とともに現れるのでしょうか。
苦しみ、悲しみ、不安に打ち拉がれている人々を目の前にして、
今、私たちは何ができるのでしょうか。

原発事故などは、安全神話を声高に語ってきた方々に、
まだまだ人類の智恵の足りなさを教えている気もします。
失われたもののなかには命のように二度と取り返せないものもあります。
でも、これからの子どもたちが安心できる、夢を育てていくことができる環境を
もう一度、残る力で築く手伝いをしていきたいと思います。

「艱難汝を玉にす(かんなんなんじをたまにす)」なんて軽々しくは言えません。
でも、ここから学び、乗り越え、癒し合う社会を、もう一度築いていきたいと思います。
忘れてはいけないことがたくさんあります。
批判や論評よりも、そのことを心に刻みたいと思います。

今、混乱と悲しみのただ中におられる方々のほほに、
再び笑みが浮かぶ日が一日も早くきますよう。
その笑みが増えますよう。
この試練を心を合わせて乗り切る道が、子どもたちが安心して暮らせる社会、世界に
つながっていく道でもあるのだと信じます。

2011年3月23日 09:57 | | コメントを読む (0) | コメントを書く


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