震災と子どもたち

桜の季節になりましたが、どうしても心は弾みません。
大震災の復興NEWSのなかで、被災のただなかにおられる現地の方々が、
支援する方々に向かって、
「もっと大変な人もいるはずだからその人たちへの支援をお願いします」
と話しているのをみて、ふだん忘れかけていた日本人の心根の優しさに
あらためて感じ入り、かえって勇気をもらいました。

でも新学期を迎えた教室で、未だ両親の消息のない生徒さんが、
「いつでも転校する覚悟はできている」という言葉を静かに語るのをみて、
どれほどの不安、つらさのなかで、必死に前を向いて
生きていこうとしているのだろうかと、そうした子どもたちの明日に
必ず明るい希望が少しずつでも見えてくることを祈らずにはいられません。

私たちは「がんばれ!」という励ましをどうしてもかけがちです。
私がLDの子どもたちの臨床のなかで、子どもたちから教えられたのは、
「あいまいなぼんやりとしたがんばれではなく、
できるだけ具体的で分かりやすいがんばれ」が大切だということです。
「こんな風にしてみたら」とか「これならできそうかな」
ということを一緒に考えることです。

それから、我慢はとても大切ですし、我慢が生きるバネになることもあります。
しかし我慢は、ゴム風船みたいなところもあるので、行き過ぎると破裂してしまいます。
人によってその限度は様々です。
我慢することは絶対的な悪ではありません。
その我慢が、心を安定させる工夫力や心を守る
上手な処理力を育てることも確かにあります。
しかし、圧倒的な現実のなかで、ただ我慢ばかりではきっと持たないと思います。
「心が折れる」といった表現を最近の若者はします。

信頼できる人の前で感情をさらけ出すことは大切です。
カウンセラーといった仕事はそうした気持ちを無条件に受けいれる役割もあります。
一方的に励ましたり、我慢の大切さを説くのではなく、
ときには思い切り気持ちを吐き出す場面があって自然です。

いいとか悪いとか、意味があるとかないとか、そんなことは後回しにして、
子どもたちのおしゃべりをただ受け入れ、うなずき、
「こうなんだね」「そうなんだね」と相槌を打ってあげてください。

心配なのは、言葉を、気持ちを吐き出すことのできない子どもたちもいることです。
そんな時は無理にしゃべらせないで、そっと抱きしめてあげてください。
それでも気持ちは通い合います。

子どもたちはそうした何気ないおしゃべりや気持ちの伝えあいのなかから、
きっと自分が自分らしく生きていく力をどこかで充電していきます。
今はそうした子どもたちの強さを最後まで静かに信じ切りたいと思います。

2011年4月20日 09:45 | | コメントを読む (1) | コメントを書く


コメント

はじめまして
LDについて色々調べていました。先生のホームぺいじをみつけました。ただの我が儘だろうと思っていました。

私はどうしても自分の子供がLDだと受け入れられませんでした
しかし調べれば調べるほど間違いなくLDなんだと気持ちの整理をしています
私どもは今まで間違いの学習方法をしていた事にもきずきました。しかしこの子がこれから先生きて行くためにはどうして行けば良いのか先が見えません。このまま私共のそばで甘やかしいてはいけないと思い今学期

Posted by: Yume | 2011年5月16日 15:43


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