震災と情報の告知

地震、津波、そして原発事故、まさに時代の転換を思わせる
大きな出来事のなかに巻き込まれています。
このブログが掲載されるときには、あの時が一番大変だったねと
言えることを心から期待します。

特に原発のさまざまな問題に対しては、
すばらしいクリーンなエネルギーだという陰に、
これだけの危険が潜んでいたのだという、
後になってみれば誰でも言えることを痛切に感じています。

私は自分の経験のなかで、人間が生きていく時には
どうしても過ちや失敗はつきものだと思っています。
むしろ大切なのは、その次のステップでの処理ではないかと思ってきました。
大学におりました時にも、入試やなにかでいろいろなミスが発生することがありました。
もちろんそうしたミスが出ないような仕組みを考えていくのと同時に、
万が一起きてしまった時には、それをただ隠ぺいしたりするのではなく、
最悪の事態をいったんは想定し、出来るだけその影響が
大きくならないように手を打っていくことでした。

なんでもない、たいしたことではないといいながら、
後退し、だんだん最悪のシナリオに近づいて行くのは
危機管理能力と予測力・イメージの弱さです。
あまり偉そうに言う気はありません。
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩の一節にもあるように、
私自身、ただオロオロとしているのですから。

ただ今回のことで、ふと、臨床における「情報の告知」と
どこか似ているなと感じたので、こんな時にというお叱りを承知でお話しします。

お子さんの発達で、LDとか、発達障害とか、何か自分が思い、
考えてきた育ちとは多少違っているのかなと感じ始めた時、
私たちはどのように親御さんと添っていけばよいのかという姿勢の問題です。

私は、これからもずっと見守り続けていく立場なら、
専門家として考えられる最善から最悪(どんなにつらくても)まで、
幅のある見立てというかお子さんの将来像をイメージしてみます。
そのうえで、今なにが出来るか、何をすればよいのか、
その手順をはっきりさせることだと思っています。

そして、するべきことを親と一緒に理解し、実行に移すことが大切です。
親の不安や動揺といった気持ちを斟酌することも大切ですが、
だからといって気休めや、あてのない安心感だけを与えるのは、
かえって子どもにするべき支援のタイミングを遅らせてしまうこともあります。

先、先に手を打って、思ったよりも軽くてよかったねと
親御さんと一緒に喜びたいのです。
専門家は、情報を誰よりも正確に、客観的に、
そして、やるべき手順を示してこそ専門家なのではないでしょうか。

2011年5月 4日 09:27 | | コメントを読む (0) | コメントを書く


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