「合理的配慮」ってどんなこと

前回、今、学校では、「インクルーシブ教育」と「合理的配慮」という2つの言葉を、どのように理解し、実現していくかが大きな課題となっているとお話ししました。
インクルーシブというのは、包み込むという意味で、障害があっても、そのことで不利を与えたり差別したりせず、みんな一緒によい教育を受ける権利があることを言います。
つまり、障害のある者とないものとが共に学ぶ仕組みを保証するものです。

合理的配慮は、障害のある子どもにとって、学校側がその子どもにとって必要で適切な環境の整備等の配慮をすることを言います。
この「合理的配慮」の否定は、障害を理由とする差別になります。
ただし、均衡を失した、過度の負担を課さないものという条件が付きます。
つまり、こうした整備はどんどん進めていかなければなりませんが、何もかも一気にというわけにはいかないかもしれません。
そうした方向性のなかで、できることから積極的にしなければならないわけです。

法的な義務としてより強く求められることと、努力義務として猶予されるものがあることも事実です。
ここに一つの確実な方向性のなかで、どのようにそれを実現していくか、どのように解決していくかを、ある合意のなかで考えることが成熟した社会と言えるのでしょう。

同じことは、就学指導から教育支援へと言葉も中身も変わっていくなかで、本人と保護者の意思の尊重は基本的事項ですが、その前提として、本人の状態、支援の内容、その地域の教育体制、そして専門家の意見など、さまざまな条件や情報を共有し、総合的に判断したうえで合意し、責任ある形で決定していくという手順が求められます。
これも成熟していかないと、本当に本人の自立と社会参加というゴールに対し、最適な判断にならない可能性もあります。

私はどんな決定も、ていねいに、多くの意見を聞き、悩みながらもよりベターな結果について合意していくということが、本人にとって最も大切なことだと思います。
皆さんはどう思われますか。

2014年4月16日 09:01 | | コメントを読む (0) | コメントを書く


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