LD「土曜教室」の同窓会から

私が40年近く前、東京学芸大学に赴任した後、当時、旭出学園教育研究所で行っていたLDの臨床指導の場「木曜教室」のブランチとして、大学で学生たちと始めたのが「土曜教室」です。
その前身には、御茶ノ水駅前にあった瀬川小児神経学クリニックでの最初の指導の場や旭出学園教育研究所での実践が土台となっていました。

こうした指導の場は、その後、各地で広がっていきました。
「土曜教室」は当初、研究所で一緒に子どもたちを見ていた牟田悦子さん(現在、成蹊大学教授・東京SENS 支部会長)にもお手伝いいただきました。

教育現場でのLD理解もなく、指導も手探りだったあの時代、最初に私たちと巡り合った子どもたちと必死に付き合うなかから、私自身たくさんのことを学びました。
LDを初め、発達障害と呼ばれる子どもたちは障害と健常の架橋となる中間的な存在であること。
それは配慮や支援を必要とする観点からは特別なグループというより連続していること。
支援もそれぞれの子どもになにが必要かを個として考えることなど、今の私たちの原点ともいえるさまざまなことです。

さて先日、その「土曜教室」の初期の子どもたち、といっても多くは40歳代になっています。
何年振りかで居酒屋で同窓会があったのですが、仕事は人を作るというか、苦労しながらも仕事で自信を持っている子どもたちは本当に一人前です。
結婚し、お父さんとなっているTa君。
今は清掃関係で正社員となり、部下もいるY君。せっかくの就職先を倒産で失いながらも警備会社で働いているM君。
障害者就労ながら安定した仕事ぶりを見せているY君、To君。
彼らから伝え聞く仲間たちの様子も目を見張るばかりでした。
横のつながりが強いのです。

ただ、女性関係などになると妙に消極的であったり、卒業後、自信をなくし、まったくひきこもり状態になっている子ども、あえてみんなとの交流を避けている子ども等いろいろな人生模様でした。

こうしたパイオニアといってもよい子どもたちの社会環境は大きく変化しています。
彼らがわずかな理解の絆からこうしてたくましく育っている姿は心強い限りです。
その背後に、彼らを支え続けた保護者の姿を強く感じました。

2014年8月 6日 09:58 | | コメントを読む (1) | コメントを書く


コメント

上野先生 ご無沙汰ばかりの三島です。
今日はお盆休みだというのにLD発達相談センター(安住所長)で一人仕事です。こうやって一人仕事をしていると、学大時代に先生の研究室で一人テトリスで遊んでいたことを思い出します。!(^^)!土曜教室の記事があり、懐かしく読ませていただきました。思えば、未来が永遠に形を変えずに続くと誤解していた爽やかな青春時代を土曜教室・上野研で過ごせたことは本当にラッキーなことだったと思います。迷った時、悩んだ時、あのころにワープすると答えが見えてきます!先生の合理的配慮、確かに、と思いました。また、お目にかかれる日を楽しみに精進してまいります。!(^^)!

Posted by: ミッシー | 2015年8月14日 15:54


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