ゴッホとモネ

ボンジュール みなさん なんてちょっと気障ですね。
今2週間のフランス旅行を終え飛行機のなかです。
パリの郊外に住んでいる娘夫婦の孫を見にというのが公の理由です。
とはいえ、南仏のアヴィニヨン、アルルの小旅行をし、ゴッホが短い人生のなか、失意のなかで入院し、毎日絵を描き続けていたという病院を訪ねたり、前回、行損ねたモネの作品の多いマルモッタン美術館や少し離れたジベルニーのモネが半生を過ごした睡蓮の池で有名な家なども訪れました。

それぞれの人にはそれぞれの人生があるといえ、特に特徴ある画家には発達障害にも似た特異性を持つことが多く、彼らの人生の軌跡に興味を持たざるを得ません。
聴覚的な過敏と思えるほどの鋭さを持つ人もいれば、視覚的な直観記憶(見たものをフィルムのように焼き付けて記憶をする)が発達している人もいます。
多くの画家のなかにはそうした特徴を独特な表現形式として発揮する場合もあるのです。
ピカソやルソーにもその特徴の片鱗が見られます。
無理に発達障害に結び付ける必要はありませんが、私はそうした切り口から見ることが多いようです。
そうした意味から、特にゴッホの人生は心に残りました。

ところで、ゴッホが評価されたのは死後のことですから、生前巨匠としての評価を受けたモネとは、対照的です。
モネは死ぬまでの40年以上、このお気に入りの地で花いっぱいの庭と、川から水を引き、有名な睡蓮の池を造り、白内障で衰えゆく視力のなかであの睡蓮の絵を描き続けました。
この地に来る前のことですが、モネは彼の唯一のパトロンだったオシュレイが一夜にして破産し、妻子(子ども5人と身重の妻アリス)を当時まだ貧しかったモネ夫妻に預け、米国に逐電してしまいます。
モネも妻カミーユも偉いと思います。
カミーユは二人目の子どもを産んだのち産後の肥立ちわるく死んでしまいます。
大家族でジベル二ーに移った後、モネはアリスと再婚し、それぞれの長男と長女が結婚するといういかにもフランス的な、心温まる話が続きます。

モネはあまり来客を好まなかったそうですが、日本人だけは例外だったようです。
大変な日本びいきで、家には真筆の浮世絵、広重も、北斎も、歌麿も、日本でもこれほどの作品はそろっていないと思われるほど家中に飾られていました。

旅をすると、思いがけないそうした人々の人生をたくさん経験できるのもうれしいことです。

2014年9月 3日 09:35 | | コメントを読む (0) | コメントを書く


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