新学期になりました

 欧米では9月が新学期なので、国際化の中で日本も9月にという声も、高等教育ではかなり強かったのですが、いつの間にかそうした動きも下火になってしまいました。

 ところで我々日本人にとって、桜は特別な思い入れのある花です。その桜の開花と入学式等は強く結びついています。
 厳しい冬から春を待つ気持ちの表れが、桜の開花を待つ気持ちになります。
 昨年、そんな桜を待つ気持ち、開花の圧倒的な見事さ、そして散り際の潔さを思い、一句川柳を作りました。
 「サクラ待つサクラ咲く咲くサクラ散る」川柳仲間からは、桜でなくても、梅でもバラでも一緒だと散々だったのですが、桜は他の花とはちょっと違うのです。


 桜は入学式に似合います。私は中学校の入学式に写真を撮ろうという母と時間がないと桜の樹の下で口喧嘩をした日のことを、ふと思い出しました。
 母はもう10年も前に亡くなったのですが、今頃、母の思い出がよみがえります。人並みの反抗期で、よく悲しい思いをさせました。もっと優しく接すればよかったなと反省しきりです。ここ10年、まさに母が亡くなってから、山や自然に接するようになり、花や木が好きだった母とそうした話題の話をしたら、どんなに喜んだことだろうと、まさに「孝行のしたい時分に親はなし」です。
子ども達はその成長の中で、母親との思い出をいつの間にかしっかり心に刷り込んでいるものです。どうかそんな時間を大切にしてください。


 この頃、週に一度、3歳近くになる孫の世話の一端を手伝っています。
 弟ができ、お兄ちゃんになった孫の成長や反応は、臨床発達心理学を専門にしてきた私にとっても、実に興味深いものです。
 
 必死にお兄ちゃんになろうとする気持ちと、まだまだ赤ちゃんに嫉妬する気持ちの間で揺れています。一日のなかでもそれが揺れます。自分が主体になって遊んでいるときはお兄ちゃんなのですが、弟がお母さんのおっぱいを幸せそうに独占している姿を見たり、自分が疲れたり眠くなったりすると、心の奥底がそのまま出てきます。「抱っこ! ちゃんと抱っこ! 立って抱っこ!」「じいちゃん! じいちゃん!」かわいさはこの上ありませんが、「来て嬉し 帰って嬉し 孫の顔」*1とは、よく言ったものです。
 
 今それを味わうことができるときと思って老体に鞭打っています。同時に、母である娘が、子どもたちの世話に明け暮れる中、日々少しずつ変わっていく姿にも感動します。そこで一句、
 「姿見に映る母のDNA」

*1.第一生命の第10回サラリーマン川柳コンクール91位

2016年4月 6日 10:00 | | コメントを読む (0) | コメントを書く


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