心のコミュニケーションを育てるために

 かつて米国に1年間滞在していた頃、いろいろな学校を回ったのですが、国情の違いというか、文化の違いをあちこちで感じました。

 一つは、米国では子どもに名札をつけません。名前を他人にも教えることになるからです。
 兄弟も、子ども同士も、時には先生や親子でも、ファーストネームで呼ぶことがあります。親しくなれば、それが自然というわけです。逆に言えば、ファーストネームで呼びかけられれば、それは親しさを象徴しており、信頼できる相手であることを意味しています。先頃の中学生の誘拐でも、フルネームで呼びかけられたと聞きました。子どもはそれだけで、何か知っている人なんだと思ってしまうのです。

 また、目が合えば必ずあいさつを交わすのも、人間関係が希薄な欧米ならでは欠かせぬソーシャルスキルとも言えます。
 日本では、わざとらしい、仰々しいと思われ、言葉にするよりも、暗黙の了解のほうが上等と考えられているようなところが多々あります。
 
 
 ところで親子の間ではどうでしょうか。
 文化以前の問題として、言語が十分に発達していない段階では、子どもとの言葉でのコミュニケーションは、その後の心でのコミュニケーションの土台になると思います。
 2歳3歳頃、「なんで」を頻繁に繰り返す時期があります。もちろん、理由を尋ねているわけですが、「なんで」に答えても、また「なんで」をかぶせてきます。
 それは「なんで」に対する答えが十分わからないこともあります。また「もっと」というコミュニケーションを楽しんでいる場合もあります。

 そう考えると、もっとお話ししたいという気持ちを察して会話を続けること、丁寧に会話を続けることの大切さがわかります。
 子どもが親の気持ちになって考えることは、ずっと先のことですが、大人が子どもの気持ちになって考えることも、やさしそうでいて、案外難しいものです。

 
 少子化が話題になって久しく、子ども同士のコミュニケーションと、大人と子どものコミュニケーションの比率も、時代の中でずいぶん変わってきたと思います。
 
 現代の子どもは大人との会話が圧倒的に多く、そのことが子ども同士の会話を減らし、また大人が子どもの気持ちになって会話することを減らしているのかなと気になることがあります。
 改めて時代の変化の中で、今、子どもの心の成長にとって必要なことは何なのか、と考える今日この頃です。
 ぜひ皆さんの率直なご意見やご質問お聞かせください。

2016年4月20日 10:00 | | コメントを読む (0) | コメントを書く


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