今時の子育てについて ―その後―

 前月、バイオリニスト高嶋ちさ子さんの子育てについて、一貫性のある育て方という面からみた場合、厳しすぎるという批判のある中、それなりの子育てという私なりの紹介をしました。
一般的に、やたらに叱って、結局最後は許してしまうという育て方も多い中での一貫性を重んじた育て方と申しました。

 ただ、ある教育評論家の方が、こうした子育ての事実の公表に当たって、子どもさんにも了解を得ていたかどうかについての指摘も合わせ紹介しました。そのことについて、子どもの人権を尊重するという意味で、大切な指摘だというご意見が寄せられました。

 その方の場合、母親が、家でのその方と親とのイザコザを自分の兄弟に喋り、一方的な話を信じた伯父や叔母が母と一緒になって、その方を責め立てたという経験を思い出したそうです。そのつらい思い出から、守秘義務は、子育てにもあると思うというご意見でした。
 
 昨今よくニュースになる虐待などの場合、子どもと接する私どもの仕事の場合、通報義務があるのですが、親は親なりに育てているとなると、その判断はなかなか難しいものです。そうした親の場合、「しつけ」と説明することがよくあります。昔は折檻ということばがありましたが、その程度の判断は決して容易ではありません。特に身体的な傷を負わせるようなものはやりすぎであることは明らかなのですが、心理的な傷であったり、言葉の暴力となるとなかなか立ち入ることが難しいのです。

 かつて、大学で発達障害の子どもたちを指導していたとき、学生たちには、子ども本人や周りの子どもの命や安全という面からみて、危険なことをした場合には、叩くなどするのではなく、声や体全体で止めなさい。それ以外のことは感情的にではなく、ゆっくりわかるように伝えようと指導しました。そうした経験の積み上げが、心に届くほめ方、叱り方という
本になったのです。

 現代の子育てには別の難しさもあります。私が小さい頃は、近隣の付き合いがかなりあり、子育ても、地域の皆さんの目や手を借りて育てるということがあったと思います。私の母など、私の友達に対しても「そんなことはしていけない」と、わが子のように叱ることがありました。周りの子どもも自分の子どもと同じように育てるという、今ならおせっかいだったのかもしれません。
しかし、私の母が亡くなったとき友達の一人が「お前のお母さんはみんなのお母さんだった」と言ってくれました。私には一番うれしい言葉だったことを今懐かしく思い出します。

2016年5月 4日 10:00 | | コメントを読む (0) | コメントを書く


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