障害について改めて考える 

 世界のいろいろな国でテロによる悲しいニュースが届く中、わが国では、7月26日に、神奈川県にある「津久井やまゆり園」という施設で、障害のある人たち19人が 殺されるという悲惨な事件が起きました。皆さんも記憶に新しいことだと思います。


 容疑者として逮捕されたのは、施設で働いていた男性でしたが、「障害者はいなくなればよい」ということを犯行前に語っていたということです。
 私はこの言葉を聞いて、自分の若い頃のことを思い出し、ドキッとしました。
 私には重度の障害を持つ弟がいました。母親はこの弟のためにあらゆる愛情を注ぎました。幼い私は嫉妬もしましたし、育つ中で、周りの人から弟のことをなにか言われるたびに、それが同情的な言葉であっても、「この弟がいなければ」、「みんなと同じような兄弟なら」と思うこともたびたびありました。

 自分が進路を決める時期がくるころには、弟とは全く無縁な道を歩もうと思ったこともありました。親は自分の好きな道を歩めばよいというばかりでした。

 しかし、気がつけば、障害を持つ人々を支援する仕事に否応なく誘われていった気がします。
 そして、ある日、自分は弟や、弟を思う親に自分の生きる道を示され、導かれたのだということをはっきり知りました。弟は50歳で亡くなりましたが、私にはかけがえのない肉親でした。

 今、発達障害にかかわる支援の仕事をしてきたことを、改めて弟に感謝しています。
 そして、障害者を大切にするということは、子どもを、老人を、人間を大切にするということであって、だれだれは必要、だれだれは不必要という考えは、世界の歴史の中でも、危険で誤った考えであると確信して言えます。このことを多くの人と共有したいのです。


 自分が歳をとった今、安心して歳をとれる社会であってほしいと強く思います。それは同時に、子どもや障害のある人々を大切にする社会とつながっているということも感じます。

2016年9月 7日 10:00 | | コメントを読む (1) | コメントを書く


コメント

犯人は教職志望で、在学中から同様のことを公言していた、との情報もあります。
また、父親は教員であったということです。
教員の世界に、弱者切り捨て、弱肉強食の考え方がそもそもあって、それを考えることなく無批判に暴走したのが今回の事件のような気がします。
『罪と罰』のラスコーリニコフは、ひとりのナポレオンの登場のためには、凡百の生命の犠牲は赦される、という思想に取り憑かれて高利貸の老婆と妹のリザヴェータを殺して金を奪います。
もちろん、今回の犯人はラスコーリニコフでもナポレオンでもない、ただの大量殺人犯に過ぎないのはもちろんですが。
「どうしてひとを殺してはいけないのか?」
その質問に答えられる先生はどのくらいいらっしゃるのでしょうね。

Posted by: ルチア | 2016年10月 1日 01:39


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