合理的配慮って?

 今、教育界では、教育上特別な支援の必要な子どもをどうするか、という課題が重視されています。

 その背景にはインクルーシブ教育と合理的配慮という二つの言葉がしっかりと浸透してきたという経緯もあります。
 インクルーシブ(inclusiveとは「包み込む」。すべての子どもを包み込む、つまりだれ一人取り残したりしないという意味です。
 また合理的配慮「合理的」とは、その子どもにとって必要な、妥当で、意味のあるということです
 この二つの考え方はセットになっていることを理解しなければなりません。


 ただみんなと同じ環境を保証するというのではなく、その子どもがあらかじめ持っている能力が十分に発揮できるようにすることを合理的と考えます。
 視力が低い人が眼鏡を使ったり、聴力の低い人が補聴器を使ったりすることは誰も特別だとは考えません。
 
 同じように、書字障害(書くことを特に苦手とする)や読字障害(読みことを特に苦手とする)のある人が学習や生活の場でPCやタブレットなどのICT(コミュニケーション情報機器)を利用することは、特別なことではなく合理的配慮につながります。
 そうしたことを学校全体で共有し、当たり前に合理的配慮が受けられる環境を準備することが大事なのです。

 もちろん、一般的な書く練習や読む練習が無意味というわけではなく、どこまでそれをするか、どこからそうしたICT(情報機器)を利用するかの判断こそが重要です。

 新しい学習指導要領でも、デジタル教材の普及と合わせ、ICTの活用が広がっていくと思います。
 何年か前に、米国のシアトルのある教育区を見学したときに、読みに障害のある子どもたちが、デジタル教科書を使って、自分に合った文字の大きさや、読みやすい環境(白黒などの反転)を自分で操作し、また自動的な音声での支援を受けながら復習や予習をしている姿を見ました。
 そのための特別な支援の先生も配置されていて、わが国でも早くこうした教育環境になるといいなと思ったのですが、それももう夢物語ではないのです。

2017年5月 3日 10:00 | | コメントを読む (1) | コメントを書く


コメント

先ほどまで、高校2年の子どもの数学の問題集があまりにも小さく(A5)子供と二人であれや、これやと試していました。

老眼の私にとっても、数式が書かれているのは、とても見にくいです。
当然ながら視覚性ディスレクシアの子どもにとっては、まるでゴマ粒とアリが砂の上を飛んで動いている状態です。

まずは、拡大コピーをしたら、真ん中のとじしろ付近が真っ黒になり、そしてPDFに落とし込めば、家庭のプリンタなので、画質が悪い・・・

結局は、ipadで撮影して見ることになりました。ここまで、たどりつくのに約1時間かかりました。

撮影してフォントを変えれたりするソフトは販売されているのも知っていますが、そのとき、そのときの教材の状態もありますし、本人のしたいこともあります。(今回は数式を紙の余白に手で書きたかったらしい)

毎回、子供が壁に当たったときに、あれこれと試してみて、消去法で使い易い方法を考えている状態です。

データファイルで配信してくれたら、読みやすい字に変換できるのに・・・と思って教科書会社に拡大の教材がないか確認してみたものの、無くてガックリしていました。

障害がない子どもは、渡された教材を開くことから学びがスタートです。ICTがあっても、障害のある子にとって、渡された教材を開く前にすることが多すぎると感じます。
通常の学級で配慮を求めICTが使用できても、教師の意識がそういうところに向いていなければ、授業が先に進められてしまう可能性もありますし、インクルーシブ教育の意味を教師だけでなく、他の生徒も知る必要があると感じます。

方法を模索しつつ、本人にとっての方法を模索しながら進んでいるのが現状です。

Posted by: りゅうまま | 2017年5月12日 01:17


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